ステージで異様にマイクを離して歌う意味とは

2018.04.26
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著者:Isaku
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意味はあるか

意味はありません。

ハンドヘルドマイクの性能

これだけだとあまりに説明不足なので、幾つかの角度から見ていきましょう。
テレビやステージなどで非常にマイクを離して歌う歌手がいます。
これは声量がすごいからだと言われることがありますが、本当のところはどうなのでしょうか。

声量が多いと音が割れる?

多くのハンドマイクでは過大な音の入力に耐えられる作りになっています。

要約すれば、適切に設計されたプロ用ダイナミックマイクロホンは、「通常」の状態で歪み点に達することはありません。

ダイナミックマイクロホンは本当に大音量を収音可能か(最大SPL) Shure

ダイナミックマイクではまず入力による歪みが起こることはありません。
コンデンサーマイクでも最大SPLが140db(デシベル)超えのものが多くあり、そちらを選べば人間の声の入力で問題になるレベルの歪みが起きることはありません。
例えばSHUREのワイヤレスマイクのGLXD2/BETA 58Aでも最大入力レベルは147 dB SPLです。
DPAのd:factoに至っては157db SPLを実現しています。

人の声の大きさは口から2.5cmの距離で測定した結果、135 dB SPLでした。

ダイナミックマイクロホンは本当に大音量を収音可能か(最大SPL) Shure

キーンとなるのを防ぐ?

キーンとなるのは「ハウリング」という現象で、マイク→スピーカー→マイク→スピーカー…という堂々巡り現象が起きてしまった場合に発生します。
これはむしろマイクの距離を離した場合に、収音効率が悪くなることにより起こりやすくなります。

そもそもステージで使用するマイクはステージ向けに設計されている

ライブステージ上ではいろんな音が鳴っています。ステージ上ではできるだけマイクは拾うべき音だけを拾うように構成する必要があります。

例えばドラムやギターアンプの音がボーカルマイクに入らないようにします。
そのためにはボーカルマイクに入るボーカル音源をなるべく大きくする必要があります。

どうやって大きくするか、一番手っ取り早い方法はマイクに口を近づけて歌うことです。
音源とマイクの距離を近づけることで収音効率を上げ、相対的に環境音よりも大きな音で声をキャプチャーできます(アイソレーション)。

指向性マイクと音源との距離が近くなるにつれ、低域が強調された音になります(近接効果)が、ステージ用のマイクはこれを見越した設計になっています
また、正面の音は拾うが横の音は拾わない(単一指向性や超単一指向性など)仕様になっています。

狙いたい音がある

しかし、エアー感のある音や、より自然な音を出したい場合などは音源を離す必要があります。
声帯付近だけではなく、鼻腔や胸の共鳴を拾いたい場合です。
これは例えばロックやポップスと比べてステージ上の音が小さいクラシック寄りのコンサートで見受けられます。歌手も大きな音が出せるオペラに近い歌唱法の場合が多いです。

ステージ上だけでなく観客席も静かで、小さい音でも聞こえやすいようなコンサートをイメージすると分かりやすいと思います。
PAシステムへの依存が低く、ホールの残響音だけである程度の音作りが出来てしまうようなケースです。

全体の音が小さい、または音の隙間が多い場合は歌手のモニターの音も小音量で済むので、音響上の心配も少なくなります。

歌手のイメージへの誤解

たとえ声量が非常に多い歌手であっても、ステージ上でマイクをとんでもなく離す必要はありません。

「大きな声が出せる=歌手の実力」というイメージは憂慮されるべきものです。
確かに大きな声(音)が出せるに越したことはありませんが、ロックやポップスの歌唱表現の方法は多岐にわたります。

よく「腹から声を出す」などと表現されますが、実際はお腹から声を出すことは出来ません。
声量は鼻腔や胸などの共鳴を増やしたり、声帯を閉じてエネルギー効率を高めることで上げることができます。

しかしそれだけだと声帯を開いた歌唱の表現が出来ないということになってしまいます。
ウィスパーやハスキーボイス系の発声には人体の構造上どうしても限界があり、喉の負荷なしで声量を稼ぐ方法はありません。

マイクありきの音楽ジャンル

ロックやポップスは「マイクを使用してなんぼ」の音楽です。

生声だけで勝負しないといけないのであれば120db(1M)出せるドラムやギターアンプに簡単にかき消されてしまい、また歌唱法もオペラのような方法しか取れなくなってしまいます。(それでも厳しいです)

また、ロックやポップスではドラムでさえ「マイクありき」です。
ドラムの音も迫力を出すためコンプレッサーやEQで調整されます。

エレキギターの歪んだ音もダイナミクス(音量差)が少なく迫力の強い音なので、生声のように音の強弱の差が大きい音源はそのままだとマッチしません。

声帯を開いた歌唱の表現をしたいのに声量がネックとなり、無茶な練習をして喉を壊したり、声帯を閉じる表現に変えてしまっては意味がありません。

良くないのはマイクパフォーマンスを真に受けてしまい、歌手志望の人が「これだけ離して歌うなんてやっぱり実力派の歌手の声量は凄いんだ」などと間違ったイメージを持ってしまうことです。

ジョンの歌唱は息漏れをエッセンスとしたものです。
息漏れ声は声量が稼ぎづらくなりますが、彼の歌声には欠かせないものです。
口をマイクにくっつけて歌っていますが、全く問題ありません。

声は鼻からも出ているので、口を近づけると相対的に鼻から出る音の収音量が減り、鼻声になってしまう場合があります。
その場合は鼻と口両方から音が拾えるようにマイクの位置を調整すると良い結果になります。

エンジニアとの連携も必須です。
これだけ近い距離だと、近接効果により低域の盛り上がりがかなり多くなります。
しかしEQなどで調整すれば問題ありません。

ボーカルが聴こえないロックバンドの場合

もちろん歌手のトレーニングは大事ですが、声がアンサンブルに埋もれてしまう場合はとにかく中音を下げましょう。

帯域が被りやすいギターは要注意です。アンプのボリュームを下げたり、サイレントボックスなどを使用すれば中音を小さくすることが出来ます。
外音のギター音は増幅することが出来るし、ギタリストが自分の音が聴こえない場合はモニターを使用すればいい話です。

ドラムスなどもパーティションを使用すればボーカルのマイクが音を拾いにくくなります。

イヤモニもボーカルの収音効率を上げる強力な武器です。

エンジニアの人とちゃんと相談することです。ステージの良い音はエンジニアなしではあり得ません。
ステージ音響のディレクターがいるならその人が仕切るべきです。
お客さんの目線でいい音を作りましょう。

傍目から見ても声量は判別できない

テレビ番組などを見ていて「この歌手は声量がすごいな」と思うことがあるでしょう。
しかし実際どれくらいの音量が出ているのかは、生声を聴くか測定器を使用しないと分かりません。
コンプレッサーで増幅しているだけかもしれません。

小さい声(負荷)を出して大きく歌っているように聴かせる技術もあります。
それは声帯への負荷を考慮した立派な技術と言えるのです。